同じ空間の空気を吸うのも嫌だった。紆余曲折を経て「父の子で良かった」と思えるまで。
vol.5462
今日は8月13日でお盆。
朝から父を連れてお墓参りに。

今日のブログは
父の話を書いてみようと思います。
父は
2年前(当時79歳)の冬に
転倒して大腿骨骨折からの
人工関節を入れる手術をしたのです。
想像してみてください。
80歳近い人が骨折して入院
つまり歩けなくなる…と
多くの人が想像つくと
思うのですが
ぼくの父は元気に歩きます。
しかも杖なしで。
父はぼくが小学生の時は
母は化粧品店で接客をし
化粧品の配達や集金は
父が車で行くのですが
助手席に乗せてもらいながら
ドライブをするのが
一つの楽しみでした。
そんな父は
目の網膜にシミのようなものができる
難病指定の目の疾患を持っていて
50代前半の時には
もう運転できない状態で
免許返納していました。
それまでやっていた
配達や集金ができない。
母は
40代になってから
運転免許を取り
化粧品の配達や
休みの日には父を車で連れて
出かけることをしていました。
父は
どこに行くにも
誰かの手を必要とする。
そして
父が60歳になったとき
頼りだった妻(僕の母)を
亡くします。
妻に先立たれた父を心配して
父の友人が
父をよく山に連れて行ってくれました。
山に出かけることに
初めて楽しさを感じた父は
シーズンになると
毎週のように山へ
連れて行ってもらい
どんどん仲間も増え
仲間家で山を歩く会を作ったり
その時に感じた感動を
地元の新聞に
よく投稿して掲載されていました。
ぼくも
父を連れて山登りを
したことがあります。
頂上では
「風が気持ちいい」
「山の空気がおいしい」
常に視界がぼやけている父は
きっと、肌で感じる感覚や
歩けることに喜びを
感じていたに違いません。
「置かれた場所で咲く」
という言葉があるように
人にはそれぞれ
役目があるのかもしれません。
○○があれば幸せ。
この発想は
「無い」ばかりに目が行って
ツラいだけです。
でも
今、できる事…そう考えたら
意識は変わります。
ぼくの父は
めちゃくちゃ他人に
感謝を伝えます。
レジの方、ヘルパーさん
ぼくが立ち寄ったときにも。
いつからかわかりませんが
これは父の性格です。
この感情は
昔からあったわけではありません。
家業の化粧品店の後を継いだ時
勉強に行くたびに反対され
ことあるごとに
「お前には無理だ」
「早く閉業しろ」といわれ
父の顔を見るのも嫌であれば
同じ空間の空気を吸うのも
嫌なくらいでした。
でも
父の行動は
愛情からくる言動だったんだ
ということに
数年かかけて
少しずつ少しずつ
鎖をほどいていって
今に至るのですが、
他人に感謝を伝えている
父の背中を
見せてもらっていたから
ぼくも
感謝を伝えることが
当たり前にできる人に
育ててもらったんだな…って
父の背中を見ながら思っています。

↑本当はしゃがんで手を合わせたいけど
膝が曲がらないから「ごめんね」と
言いながら手を合わせています。
こういう律儀なところも
ぼくの意識に組み込まれています。
いま
こんな感情を持てることが
当たり前じゃないよな~って
思っています。
それでは、またっ![]()
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