鍋の中に残っていた、母との時間
vol.5242
今体験できることが
ずっと続くと思ったことって
誰しもあるよね。
料理の先にあるものとは。
僕は22歳まで
料理の仕事をしていたんだけど
料理人になった一つに理由に
お正月料理がある。
お正月の料理といえば
1月7日の人日の節句・七草。
七草粥を食べるのでも
有名だけど
青森・秋田の人は
郷土料理「けの汁」が
お正月料理になるんじゃないかな?_
大根、人参、ゴボウの根菜類や
高野豆腐や山菜など
1cmくらいのサイコロに切って
味噌汁の具として食べる正月料理。

”けの汁”は
僕にとって思い出の料理。
我が家は
自営業として化粧品店を
営んでいたから
親と過ごす時間は
他のご家庭より少なかったと思う。
今から30年以上も前の
僕が小学生の頃
当時のお店の定休日は
月に1回とお正月くらい。
月に1度の休みも
何かと家のことをしている母とは
家族で過ごせる時間が
少なかったから
母とゆっくり過ごせるのはお正月。
その時の思い出が”けの汁”を
一緒に作るということ。
母と同じ作業ができる
唯一の時間。
隣に並んで同じテレビを見ながら
大根や硬いにんじんを切っては
包丁ですくっては
大きな鍋に次々と入れていく。
食材を切り終わると
母がガス台に立って
味見をしながら味を決めていく。
出来上がると
数日に分けて”けの汁”を
食べていくんだけど
母と一緒に作った料理
というだけあって
食べるのが楽しみでありながら
鍋の中で減っていく
”けの汁”を見ると
寂しさを感じた料理でもあった。
小学生の時は
母との時間を過ごせるお正月も
中学生、高校生となれば
友達を過ごす正月になって
社会人になったら
お正月も仕事で
母とけの汁を作ることは無くなった。
いつか落ち着いたら、また…。
その”いつか”はもう来なくなった。
僕が24歳の時
母(当時54歳)が亡くなって
それからもう”けの汁”を
作ることは無くなった。

毎年、お正月というと
このエピソードを思い出す。
料理は食べる以上に
親との思い出として
記憶に深く刻まれるものだと
思っている。
一緒に作った。
美味しかった。
笑った。ケンカした…。
いろんな思い出が
私と誰かを料理を通じて
繋げてくれている。
今しかできないことが
あるとしたら何がある?
今しか一緒に過ごすことが
できないとしたら誰と過ごす?
もし
今しかできないことがあるとしたら…。
それは何か特別なことじゃなくて、
「一緒に料理をする」「同じ鍋を囲む」
そんな、何気ない時間なのかもしれない。
それでは、またっ![]()
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